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 年末というのは、 どうして こうもバタバタ過ごす羽目になるのでしょう。 昼間、家の中や庭の掃除、 そして車でお買い物と走り回ったのに、 夜になっても、 年賀状だの、宅急便に入れる手紙だのと忙しい。 普段いいかげんにしている付けがこんな時に押し寄せてくる。 なのに、 この数日、 月がこうこうと照って美しい。 お月様の光りのもと、 ゆっくり過ごしたかったよ。
  それでは、 よいお年を!
2001.12.31 (月)
ペンダント・トップ。 紀元前7世紀頃、 北イタリアの古代エトルリア人が金工品にほどこしたことで知られている。 過酸化銅や 水酸化銅を含んだペーストを本体と粒金に塗った後、温度を上げることによって、 ともづけするという手法です。 粒金同士が接点だけで溶着された状態なので、 ロウ付けにくらべ、とてもすっきりとした仕上りなのです。
  エトルリア人は何処へいってしまったのか謎のままなのに、 こうしたすばらしい品は、2400年を経てもなお、 現代の我に感動を与える。 作り手としては、本望だろうなぁ。
  
 先日、 世界文化遺産に登録されているシリアのパルミラ遺跡から、 紀元前4世紀ごろの墓が出土し被葬者の3・40代の男性がつけていたという装身具
のカラー写真がが新聞の一面を飾った。  縞模様が美しいめのうのビーズは、 両端には、波線をロウ付けした金がかぶせてある。 これほどに美しい玉を身につけていた人ってどんな人だろう。 
  現代ほどものがあふれていない時代に、  これを身につけるとつけないでは、  ずいぶんとちがったんだろうぁ。  人格までもを持ち上げてくれそうに 格調高く、 清らかな感じの玉だ。
  中央はエトルリアの粒金(りゅうきん)細工とよばれる手法で作られた
2001.12.20 (木)
2001.12.13 (木)
  9月の下旬に個展を追えて以来、  パワーが抜けてしまってフニャ〜っとしてしまって、全く制作をしていなかった。 
 今週に入って俄然やる気が出て、 制作を開始! だけど、怠けた私に神は天罰を与えた。  天網恢恢粗にして洩らさずって? もらして欲しかったよ。
  10月中旬に鎖骨をいためて、早く直したいので、 バッグさえ持たないように心掛けていたせいもあろうか、 なんと、 左手の筋肉が消えたのだ (*_*)  左の親指のつけ根の横で、人差し指の下の位置の裏表に、 くっきりと、ささみ状態の筋肉がついていた。 そして、 左の人差し指から肘への延長線上の甲側にも、 ささみがひとつあった。 が、 どちらも消えた(-_-;)   別に、筋肉を誇っていたわけじゃぁない。 そんな趣味はない。 失ってしまった今、 部品を持って、 やすりをかけると、 ぐらついて仕事にならないのだ(T T)  
  これまで、 指先で支えている部品がぐらつく生徒さんに、 「持ちかたが悪いからよ」とか、 「もっと、すり板を上手く利用しなくっちゃぁ。」 などとえらそうに指摘していた私 m(- -)m。 筋力がないとそうなるんだってはじめて知った。 もう、 あんなに早く、やすれないよぉ〜! 絶句。 愕然。 茫然自失。  2月初旬の個展はどうなるのだぁ。  
  筋肉ってつくのに何日くらいかかるんだろう (・ ・#  3日前から、 時間があれば、 左の親指と人差し指の筋トレに励む松村でした。 
2001.12.10 (月)
  中沢新一が書いた文章のごく一部  「ひとつの安定した分子の結合状態を、高熱を加えることで、いったん流動的な状態に解きはなち、 そのゆらぎをはらんだ流体のなかから、新しい安定した分子の構造ができあがってくる。  そのゆらぎをコントロールしながら、安定した構造体にうつしていく技術。.......物質の中間状態........そこをうまくコントロールすることによって生きのびようとする「技術者」、 そういうシャーマンや戦士と同じような象徴的な位置を、 ガラス職人や金銀細工師、たたら師などはあたえられていたのである。」 
  長年の彼の思考のキーワードは、 中間状態。 
  20年以上金属に関わってきて、 何がって、やはり中間状態をあやつることは最も難しいと思う。  銀と銀をくっつけるロウ付けだって、自由自在に行えるのに10年じゃぁ無理でしょう。 中間状態といえば、 溶かすことでくっつけていく溶着、 また、 表面だけを溶かして趣をだすこともできる。 
  いま、 私は、 完全に流体にした銀に形を与える技法に取り組んでいる。 そこそこ思うようにあやつれるようにはなったが、 さてこの素材をどう活かしたものか。 こうやって考えていくのが、 ゲームをクリアしていくようでこの仕事を辞められないのかもしれない。   
2001.12.09 (日)
  エッグベーカーって 知ってますか〜。  まず、 土鍋にフライパンみたいな取っ手が付いている図を思い描いて! そして、それを7センチほどに縮小。 
それがエッグベーカーです。 
  神戸阪急で見つけて以来、 毎朝ガス火にかけて  油を引いて卵をポコッ。 塩コショウの朝もあれば、 クレージー・ソルトの日も、 おしょうゆの日もあり、 タルタルソースの日も。  毎朝毎朝、使っています。  おいしく焼けて、 焦げ付かない。 最高です。 
  もうひとつ阪急でおすすめは、 ドイツのemsaって云うメーカーのドレッシングのレシピが書いてあるボトル。 線まで入れるだけで、 イタリアン、ビネガー、フレンチ、 ヨーグルトなどいろんなドレッシングが出来ます。  私は、フレンチ・ドレッシングに エバミルクがあんなにたっぷり入っているなんて、 このボトルではじめて知りました。 カロリー高いよね〜(^^;
  パソコンをリビングから2階の工房に移動。 これまでは、庭を見ながらだったのが、 これからは、赤穂市街を見ながらです。 作品展前の10日程は、 制作より事務的なことに終われるのだけれど、 パソコンの中に資料が入っていたりすると、 2階と下とを行ったり来たりしていたのがこれからは随分便利になるだろうなぁ。 とは云うものの、 仕事場が狭くなったのは、ちょっと残念。  それに、 生徒さんに、 またまた模様替え〜?!と言われそうでこわ〜い。    
2001.12.01 (土) 未明
  重松 清の「四十回のまばたき」を読んだ。 ひとりの男との出会いを通して自分の心に巣くう欠落感の存在に気付き、 そして解き放たれていく30歳の男性の物語。  もっと 平たく言うと、 周りと近づきすぎることなく 上手く心のバランスをとって さらっと生きてきた彼が、 自分の感情が揺らぐことを受け入れられるようになり、 これから他人と深くかかわって生きていくんだろうなぁと、 心が伸びやかに溶け出していくお話。  
  20数年前に読んだカーソン・マッカラーズの The Heart is a Lonely Hunter を思い出した。 こちらは、 総ての登場人物が欠落感にふたをして、作者は愛の不毛を唱える小説。 とても対照的。   せっかくなら人とちゃんと関わって生きていきたいよね。 私は欲張りだから物ともね。
  ある人と出会ったこと、 あるものに触れたことで、 自分と周囲との関係が変わっていくことは確かにある。  それは周りが変わったのではなく、 自分がふとしたことに気付いただけだったりする。  「穴ぼこの縁すれすれをあるきながらここにいる奴もいるし、小さな穴ぼこを知らずに跨いでいる奴もいるし、 穴ぼこの周りに手回しよくフェンスを張り巡らせている奴もいるだろうけどな。」 欠落感、もしくは空虚を抱えて生きる人にとっては、 必読の書だろう。 自分自身、そして自分を包む世界と上手く付き合っていける手掛かりがつかめるよ、 きっと。 
  私も、 ゆっくり読み返してみるつもりだ。  そうすることで、ちょっとパワーの落ちていた最近から脱却できるような気がする。
2001.12.04 (火)
 私には、 お気に入りの場所がある。 その広場には、 角材を2本並べただけのベンチが並んでいて、 オリーブの木が数本所々に植えられている。  車で出かけることもあれば、 お気に入りのビアンキの自転車で行くこともある。 
 本といつも持っている5ミリ方眼のノート、 それに寝転ぶためのバスタオルの3点を必携して。  まず、 その日の気分と、風の向き、 影の位置でどのベンチにするかを考える。  青い空の下、 雲だけ見て、 うつらうつらして帰る日もあれば、 読書三昧のときもある。  デザインが進む日はあんまりないね。  デザインは、 もっぱらJRに揺れながらがいい。 
  今日は、 帰ろうとして、 はたと気が付いた。  しわしわの黒い物体がそこここに落ちているのだ。 なんだろう。 
 えぇっ て思って見上げると、木にはたわわに 実が成って
いるではありませんか。 そうブラック・オリーブの実です。
ちゃんと実が成るんだぁなんて妙に感激。  手の届くところ
のをすこし拝借。 これってオイルに漬けるんだっけ。 
それとも ピクルスにするんだっけ?パスタとかに入っている
よね。  誰か料理の仕方を教えて〜!!!                        
2001.12.01 (土)
2001.10.27 (土)
2001.10.30 (火)
2001.11.30 (金)
 本格的に風邪を引いてしまった。 一週間が経つというのに微熱がとれない。 
 おなかの力が抜けてしまったようで、 何をする元気もない。 今日も、 行き先の決まった作品を入れる桐箱に箱書きをしなくっちゃと思いつつ、 庭に出ると草花の冬支度をぽつぽつと。 でも、 一昨日からの風で、 庭も道路も木の葉で埋もれそうになっているのは、 見て見ぬ振り。  がんばる気が起きないのだ。 どうしたことだろう。 作る気もしない。  デザインも浮かばない。  何にもする気がしない。  厭世観に取り付かれている。 こんなに長期間こんな状態なのは初めて。 もうひと月もこんな状態かしら。 思い出して数えるのも億劫なのだ。 きっと外から見たら普段どうりなのだろうけれど、 こころが動かない。  いつもと違う。 これって鬱っていうのかしら......
 どうしよう。 どうしたら元に戻れるのだろう。  なにもかも投げ出して、 旅行にっていう気さえ起きないのだから重症だ。 旅行どころか、冬眠したい気分なのだから。  近い日に、熱が取れ気が付いたら元気復活してたって云うシナリオが用意されていることを祈ろう。  
2001.11.25 (土)
作品展のあと、教室をして、 大阪でグループ展をしてほっと一息のつもりが、 途中疲れていないからとインフルエンザワクチンを打ったら、 インフルエンザにかかってしまいダウン。 昨夜から18時まで熟睡しておりました。 やっと、 のどのひりひりはましになってきたみたい。 でもねつがあるせいでふわふわしております。 では、次はゆっくりと。
2001.11.15 (金)
  18日(月)まで教室展を行っている。  20代の頃よく行っていた喫茶店がいつのまにか閉めてしまっていたのだが、 この度、 場所を提供してくださることになった。  漆喰の塗り壁に板張りの床、 アンティークの家具に囲まれて、 いい雰囲気のディスプレーが出来ました。  もちろん生徒さんの2年間の成果もすばらしい作品となって並んでおります。  私の作品も一緒に。  
  場所はここから見て、 どうぞいらしてください。
2001.11.13 (火)
  ルビーの指輪を作った。  ビルマ産のちょっと青みを含んだカボッションのルビーにK18の覆輪、 リングの部分はsilverで擦り出し。  
  いつも曲線のこってりしたデザインを作っているので、 自分のためのぐらいシンプルにと思ったのだが、  複雑な多面体にやすりをかけてしまった。  手が動くからと思わず凝ったつくりで、 しかも正確に作ってしまうことが私の弱点のようだ。  もう少し不器用だったらと云うと贅沢だろうか。  この指輪を作って、  性格いいかげん 手先正確という私は、 これから先、 作品がどう変化していくのだろうかとちょっと心配になってしまった次第であります。  
  1年のうちでも最も有名な“しし座流星群”が、 またまた11月の17日から18日にかけて、極大期を迎えるそうです。
  33年周期の当たり年だった一昨年、日本での大出現との予報に、 岡山での個展期間中にもかかわらず、 赤穂海浜公園に忍び込みシュラフのなかで過ごしたのに、 幾ばくかの流星しか見れずがっかり。 でも星が流れるたびに感激しました。 そんなささやかな喜びに浸った私を尻目に、ヨーロッパでは大出現。 そして昨年は曇リ空。 
  しかし、今年こそ明るいニュースです。
これまで、 しし座流星群の出現をほぼ正確に予報しているアッシャー博士が“今年は日本”と予測したのです。  今年も赤穂にて教室展 期間中。 そんなことにはめげず、がんばるぞ〜!!!! 誰かいっしょに暗いところへ行こうよぉ〜今年こそ3度目の正直を信じて。
そして、  どなた様でも流星雨が出現したら電話で起こして下さいませ。
2001.11.6 (火)
2001.11.07 (木)
  月曜日の夜の“アンティーク”というTV番組を見たことがありますか?  舞台となるケーキ屋さんの建物にお気付きでしょうか?
  そのケーキ屋さんの入り口は、 100年前のパリの地下鉄の入口と同じで、放射状に伸びる鉄とガラスの構造物。   店内に入ると、 高く天井までとどく大きな窓があり、  鋳鉄で出来た装飾パネルがほどこされているのですが、 それは、植物の生命力を感じさせる うねった曲線が、太く細くなりながら左右非対称に絡まりあい、 一度見たら目に焼き付いて忘れられない独特な雰囲気を醸し出していてます。 
  どちらもフランスのアール・ヌーヴォー様式を代表する建築家 エクトール・ギマールの作で、 入口は1900年、窓は1907年頃の制作(のレプリカだと思う)。  
  1889年のパリ万博でアール・ヌーヴォー様式は花開き、 あまりに装飾過多なうえ、技術を要する細工のせいか、 左右対称でなければ落ち着かないというヨーロッパ人の美意識のせいか、 20年ほど流行しただけで、 次の直線的なアール・デコ様式に移ってしまうのです。  そうするうちに、1937年 第2次世界大戦に突入して、 ギリシャローマ時代からの価値観を否定して、独自性と手仕事にこだわる余裕のあった時代ベル・エポックは幕切れるのです。
  アール・ヌーヴォーについては、 思い入れがありすぎて書ききれないからこの辺にしておきましょう。   
2001.11.03 (土)
  ウィルキンソンのトニックを飲んだ。 すこし甘すぎるかな?!  しかし、この瓶はいい。 全体的にスリムな紡錘形で、下半分が前後に4段波打っている。 色は、鮮やかなグリーン。 ラベルは、白い逆三角に青くWILKINSON、 そして青の三角に白くTONICと鼓型に重なっていて、 瓶の上部にプリントしてある。
  とてもいさぎよく、とてもうつくしい。 この瓶を見ると、心ある人なら思わず手を伸ばしちゃうね。 
2001.11.01 (木)
  薦められて、ブレードランナーを観た。  
  人造人間レプリカントは、4年間しか生きられない。 彼らは、死を怖れ、生を追求し、出自にこだわる。  そうして、最後には生命の尊さに目覚ていく。
  「存在理由レゾンデートルを追及する存在を、他の生物と区別して人間と呼ぶならば、 レプリカントもまた人間である。  人間にもいつかは死はやって来る。 そういう意味では、レプリカントも人間と同じ生を生きているのだ。 否、我々人間の現在の生きる姿勢こそはどうなのだ?」 というロジックを展開していく。 
  難解な映画とビデオのパッケージには書いていたが、 ハリソン・フォード主演で難解なはずはないでしょうと思ったら、 やっぱりそうでした。 でも、いい映画ですので見てください。 しかし、 AIといい、ブレードランナーといい
SFのシチュエーションはどうしてジャポネスクなのでしょうねぇ。
  月がさえざえと美しい。 すばるの星々もくっきりと見える。 すぐ眼下にある桜の並木も赤く色づき いっきに秋がやってきたような夜、 最近読んだ吉本ばななのSLYを読み返す。 彼女の描く心の細やかな人々のささやかな営み、 けれどそれぞれの心にくっきりと刻み付けられる時間のありよう。 彼女の物語のすべてに そういったちょっとつらくて、 あたたかい人々が描かれている。  秋の夜にはぴったりの小説なので読んでみてください。
  残念なことに、 吉本ばななが好きという人にあったことがないのです。        
  自分の作品がどう展示されているかを見に、高岡(富山県)に行った。 
高岡クラフトなんて一般の人は皆無といってほど知らない、でも、 作家や画廊関係の人なら大概知っている公募展。 入選だからそう嬉しくもないのだが、 何処かへ行きたかった。 無意識のうちに煮詰まっていたような気がする。 
  海の向こうに立山を望める雨晴海岸では、 稜線しか見えなかったけれど、 透き通った海と空気に時間を忘れるほどだった。 そして、久し振りにあてもなく歩くことでいろんなことが見えた気がした。 旅ってそんなものかもしれない。 そして、帰った時にメールが入っている嬉しさを知った。 
2001.10.16 (火)
  ここひと月以上ほとんどテレビを見ていない。 仕事場とDKにはテレビがあるのだが、リビングにはないからだ。  いかに仕事をしていないかばれてしまうね。 でも、なかったらなくて済むものだ。 とはいえやっぱり見たいから、 どこも悪くなかったのならそろそろセットしに来てね、Sさん。 
2001.10.15 (月)
 熱がある。と、思う。 測っていないから確かなことは分からない。 あると分かるといやなので測っていない。 この2日ほど、吐く息があついなぁって思っていたところ、 昨夜、妙に寒気を感じた。 
 今日は、節々が痛い。 額がじ〜んとしている。 そしてふわふわとした浮遊感。 だる〜くて、 体が重いんだか軽やかなんだか、そのあやうい線上を行ったり来たり。 この感じはなんともいい、 とも言っていられないなぁと、 昼下がりになってお薬を飲んだ。  
 今また、ぼ〜っとしはじめている。 
2001.10.22 (月)
  二日続けての雨。 小雨の折に、ビオラ、パンジー、カモミールを植える。 パウダーピンクのサルビアをぬいて、ノースポールを移植する。 どれもしっかりと根付くはずだ。  しかし、この雨で、100枚もの花弁を持つオールドローズ スーブニール・ド・ラ・マルメゾンの蕾は腐ってしまうかもしれない。 でも、切って花瓶に挿すと花開かずに枯れるので、そのままにするしかない。  自然に逆らわずいくしかないのだろう。 
  5時半を過ぎると真っ暗になった。 冬の足音が聞こえてくるようだ。
2001.10.21 (日)
 コランダムという石がある。 酸化アルミニウムで出来ているのだが、 これに2%のクロムが入ることで赤い石になる。 これがルビーだ。 少しでも他の鉱物が入って青みがかった赤になんてなってしてしまえばサファイアと呼ばれる。   また、ルチル(酸化チタン)の かぼそい結晶シルクが入ると、 6条の光を放ち、スタールビーと呼ばれるのだ。
  ピジョンブラッド鳩の血といわれる最高級の色は、 私には似合わない。 
しかし、 引出しの中にひとつ、 ピンクがかった赤で、 楕円のカボッションに磨かれたドロップのような石がある。 1年前に購入して以来、気になっている。 自分のためになんて、もう十数年作っていない。  
 情熱の石であり、 勝利の石。  邪悪をよせつけない力を持つが、 無分別の象徴でもある。   さて、 どうしようか。 
2001.10.18 (木) 
 昨日から2・3日出かけようと思っていたのに雨で予定を変更したら、快晴。  ぽっかりと時間が出来る。 風もなく、時間が止まってしまったような景色。 しかし、目を凝らすと橋の上を自動車が走っているし、煙も南へ流れている。 停止しているのは私だけか。
  月・火・水と教室をして、 それ以外は自由に過ごせるというのは、 ある意味苦痛を伴う。 いつも次のデザイン、次の技法、 そして貯まったオーダー制作が頭を離れない。 さっさと仕事をこなせば少しは楽になるのは分かっているのだが、 体はのんびりしたいよぉと欲求する。 単なるなまけものだね?!
  さて、 今日は泳ぎに行った後で、 制作に取り掛かろう。
2001.10.14 (日)
 千種川をさかのぼって1時間、中国自動車道に程近い山の上に備前焼の作家黒野さんの窯がある。 研ぎ澄まされた形がとても知的。

 彼が、体の中にある思いを系統立てて思考し、言葉で表現するという回路を私に植え付けてしまった。  昨夜、奥さんが「ここへ来たらクロノ化してしまう」と若い作家さんたちが言うのよって。 私も同じ病に冒されてしまったようだ。  
 木をふんだんに使った建物の中でのおでんとお酒、 そして途中から建築関係のHさんが加わって山に、星に、安藤忠雄の建築に、と話が弾み、気がついたら朝。(一度ぜひ直島のベネッセハウス行ってみてください。)

 霧の名所だけあって、うっすらかかった霧の中、だんだんと夜が明けて群青色の世界になっていく様はちょっとした感激でした。 赤穂に着いた時にはもう朝焼けも終わり青空が。 初めての朝帰りはちょっと嬉しかった。
2001.10.13 (土) 
 奄美がルーツの生徒さんがいる。  彼女が島を思わせる何かを作りたいと言い出した。 私の中で奄美というと田中一村の絵に極まる。  彼女も画集を見てこんな感じだという。  モチーフはアダンの木に決まったとして、 その細部をデザインしていくためには、それをどう感じたかが大切だ。
 
 彼女は、奄美に何を思う? 光に満ちた木々、木々を渡る風、 木立の中に潜む闇、 植物のむせ返るような息吹。  何を表現したいかで、葉や枝の形や質感等のすべてが決まってくるのです。 たとえば、葉の重なり方。 2枚の葉の間隔を空けて重ねると奥行きが出て、 いぶしをかけると闇を感じる
でしょう?! 2枚をぴったりとくっつけて、光らせて仕上げると南の強い日差しを感じますしね。

 作る側の意志なくしてデザインは成り立たないと思っている。 作るということは、自分の感覚や意志を確認することで、 すなわち、目に見えないが作りたいという思いに形を与えていく作業こそがデザインをすることだと思っている。
 それを生徒に要求するのは酷だろうか。  しかしもう十年近い彼女だから、だんだんに私の要求するところが伝わっているに違いない。 どんなデザインどんな感触のものを作りたいといってきてくれるだろう。
2001.10.12 (金)
  昨夜、マウスについてくる猫をダウンロード。 ページを閉じようとすると×の上で邪魔をするかと思えば、 マウスを動かさないと、あくびをして眠りはじめる。 名前はRuby。 ちょっとうっとうしく、とってもかわいい。
 “心の空虚をちゃんと認識して心の片隅にそっと宝物としてしまっておくことで、 空虚は不毛なものではなく、力に変わる。” と河合隼雄は語っ
ていた。  その宝物は、なにものにも負けない力を持つ赤い石、ルビーかもしれない。
2001.10.10 (水)
 JRの車窓からの眺めは、 ちょっとしたやすらぎを与えてくれることがある。  ましてや、今日のように雨の後の雲に覆われた日は、 光も影もなくものの息づかいを強く感じさせてくれるのでなおさらだ。
 たとえば、 雑草が生い茂る空き地。  ねこじゃらし、あきのきりんそう、すすきは、 緑から黄色そしてうす茶色へとグラデーションを描き、 ちからしばの灰色に近い青紫の穂が彩りを添える。 目を凝らせば、 つりがねにんじんの淡く青い花も見える。
 今日は、 そんなささやかな秋を身にまとって神戸駅に降り立ちました。 
2001.10.07(日)
 今日も、プルナからメールが届く。 重たい。 fun pictureと書いてある。 
なんと“2006年のニューヨーク・・・もしタリバンが勝てば”と名付けられた画像には、 モスク風の屋根のレンガ色をしたビル群と白髭にターバンのブッシュさん。 こんな画像がアジアを駆け巡ってるんだ。
 ラジとインディ・ジョーンズ最後の聖戦を見たとき、 悪役のトルコ人を見て、 彼は、「アジアを馬鹿にしている。 スピルスバーグはもう見ない」と怒った。 映画パールハーバーを見た日本人は、あの映画を、そしてアメリカ人をどう思ったのだろう。
2001.10.06(土)
 たっぷりとミルクを沸かしてマッサーラ・ティをいれる。 Mさんがネパールからもって帰ってくれたものだ。 そうして、 昨日とどいたメールをもう一度読む。 やはり、30度〜33度と書いてある。
 それはないよって感じ。 だって、やっと涼しくなったところだよ〜。いくら誘われたって、 いくら雨期で涼しいからって30度のバンコクへ行く気にはならないね。 バンコクに住むネパールの友人プルナ・サキヤさんm(・・)m
何度も誘ってくれるのに、一度も行っていない私はなんて薄情なんでしょう。

 それに比べMさんのまめなことと言ったら。私がネパール行きをそそのかして何年になるだろう。  その間ずっと通いつづけ、 この度カトマンズでプルナのいとこラジの協力もあって写真展を開くらしい。 その後で、京都のコンタックス・サロンでも写真展をするとか。 楽しみ!
2001.09.30(日)
 金木犀が香る時期になった。 この香りは私に“旅に出なさい”と告げる。学生時代の4度、金木犀の咲く道をリュックを背に歩いたからだろうか、 私の脳に完全にインプットされてしまったようだ。
 しかし、今年は急にHPを作りたくなって、 神戸での個展を25日に終え,以来パソコンの前にいすわっている。 26日は神戸で教室をしていたので4日目にしてやっと、 このページまでたどり着いたところ。  もう、肩はこり眼は霞んできた。 
 そんなところにお誘いがきた。 もうじっとなんてしていられない!
 明日から3日間教室をした後、 あま〜い香りに誘われて出かけてしまいそうです。